原田家祖先からのメッセージとは…❓福島旅その③

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青年は、この日の出来事を忘れない。

まったく…この世の仕組みは、わからない。

死んだときに、分かるのかもしれない。

それまで青年は、歩む道を楽しむだろう。

このモノガタリにも、終わりが近づく。

フィナーレが始まった。

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入ってきた道路をはさんで、

除雪機を使っているおじいさんと、

雪かきをしているおじさんがいた。

雪かきをしているおじさんに話しかけた。

ジャポ「こんにちは!!ここは、上太子堂ですか❓」

おじさん「おお、ここからこっちが上太子堂で……」

(よかった!!!話しやすそう)

ジャポ「この辺りに原田さんはいますか?」

おじさん「おお、それなら向いの家が原田さんだけど、あんたは誰だ❓」

まさか!!

ジャポ「ボクは、原田覚さんのひ孫でして。」

おじさん「❓❓❓」

おじさんは、クエスチョンマークを頭の上にたくさん浮かべながら、

向かいの除雪機を使用しているおじいさんに、話しかけに行ってくれた。

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ボワンボワンボワン!

除雪機を使っているため聞き取りづらそうな、おじいさんの耳元で、話かけてくれている。

驚いた表情になった後、二人とも笑顔になって、こちらをみてくれている。

除雪機を使用していたおじいさんは家の中へ入っていった。

話をしに行ってくれたおじさんは、おいでおいでと手をこまねいてくれた。

(まちがいない!!!)

ボクはまゆみさんに駆け寄った。

「まゆみさん!!!いた!!!!!!!!!!!!!!」

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家の中から、おばあさんが出てきてくれた。

おばあさん「あぁ〜、武夫さんにそっくりだぁ」

武夫さんは、ボクのおじいちゃんである。

つまり、原田覚さんの長男。

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おばあさんは、中へ案内してくれて、こたつで話を始めた。

いた!!!覚さん。

後からマユミさん、そして、除雪を終えて、おじいさんが入ってきてくれた。

話を聴くと、掴めてきた。

※写真は原田覚さんのお兄さん(原田清さん)

おばあさん(光子さん)は、清さんのお孫さん。つまり、本家を守って来た人である。

そして、除雪機を使用していたおじいさん(好英さん)が、お婿さんとして家に入り14代目、一緒に原田家を紡いできてくださったようだ。

「原田家は、代々、お坊さんだったんだよ」

金剛位法印。比叡山延暦寺の天台宗。

どかーーーん!!!目から鱗がポロリ。

「初代の人が保科正之という、藩主と一緒に会津に来たんだろう。」

1655年ごろから、すべて、お墓に記されていたという。それを写しておいてくれたものが写真の台帳である。

おばあさんは、ずっと目に涙を浮かべてくれている。正直いうと、そんなに知っていることはないはずなのだ。

戦後はそれぞれが生きていくことで、精一杯だった。

それでも、たくさん、話してくれた。

「覚おじちゃんが最後に来た時、私は0才でなぁ。そのお話は、よう聞いたよ。」

〜〜〜〜〜〜

雪の多い日だった。

「覚おじちゃんが、雪にハマっとる!!!!

子どもたちが雪で落とし穴を作って遊んでいたら、覚さんが落ちてしまったらしい。

海軍の偉い人だったはずだ。

でも、誰が偉いとか、そういう価値観は原田家にはない。

それが、解るから、おもわず笑ってしまう。

まゆみさんが、「あなたたちは、雪を連れてくる人達なのかもね」と、ボソリといった。

〜〜〜〜〜〜

まゆみさんとボクは、お仏壇にお線香をあげさせてもらう。

連れてきてくれて、ありがとう。

「こちらこそ、来てくれてありがとう。」

先祖とボクは、きっとこんな会話のはずだ。

まゆみさんと、ボクの会話もこんな感じだ。

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今のローソンが、覚さんのお母さんの実家があった場所で、酒屋さんだったらしい。

あずまがわというお酒だったという。

※今はないとのこと。作ろう。夢が増えた。

その奥にあるお墓に、原田家のお墓があるらしい。

まゆみさんとボクは顔を見合わせた。

「さっき見たお墓だ!!!」

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きっと感動は、語り尽くせない。

これ以上、語るものでも、ないのだろう。

だから、終わらせなければならない。

最後まで付き合ってくれてありがとう。

いつか、あなたのモノガタリも聞かせてほしい。その時は、安心して探してください。ルーツは見つからなくても大丈夫だから。

なぜかって?

盛り上げてくれた分、おしまいは最高の結末を用意してくれた。

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ボクたちは家を出た。

18時ごろだっただろうか、辺りはすっかり暗く、雪は相変わらず降り続いている。

真弓さんはローソンに車を、停めてくれた。

「お墓は一番奥だから、今日は難しいだろう」

そう言われていたが、ボクはもう決めていた。

ローソンで、トイレを済ませ、缶ビールを買う。

ポケットには、みかんが2つ。

「お墓寄れたら寄ってくれる❓」

お墓の隣に大きな駐車場があった。雪で境目は見えない。

「ライトで照らしておくからいっておいで」

まゆみさんは、最後まで自由にやらせてくれた。

ボクは駆け出す。

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足に雪を埋まらせながら、導かれるように迷わず1つのお墓に引き寄せられる。

ここのお墓の表札だけ名前が隠れていなかった。ボクは、奥まで進む。一番大きな、お墓に積もる雪を取る。

みかんをポケットから二つ取り出し、御供えをする。

缶ビールのタブを引く。

プシュッ。

目を瞑る。

たくさんの原田さんが、宴を始めた。お坊さんの家系だ。

父のように、不思議な人もいる。

兄のように、真面目な人もいる。

ボクのように、おっちゃらけな人もいる。

共通するのは、原田家だけ。

でも、感じ方、行動が、原田家なのだ。

ボクは「乾杯」と呟き、グビリと缶ビールを口にする。

優しい安心感と、充足感に包まれて、お墓を後にした。

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「肩の力を抜く」

原田家祖先からのメッセージをうまく伝えられただろうか❓

これは、違う言い方をすれば、「頑張らない」ということでもあるし「楽しむ」ということでもあると思う。

人と接する時に、肩の力を抜く。

すると、地に足がつく。

そしたら、安心して楽しめたり、何時間でも夢中で、働けちゃうようになる。

もう一つ。

祖先とつながるということは、自分の考え方を知るということだった。

訪ねた、好英さんと光子さんの、自然な接待の仕方にどれだけ、感動したか。

そこに、まゆみさんの存在が大きく関わってくる。

まゆみさんは、あの二人をみて、原田家を強く感じたという。

普通であれば、「変な人。」とか、考えてしまうこともあるし、必要以上に気を使ってしまったりもするだろう。

とにかく、冷静に自然なのだ。

だから、

自分の生き方をみてみることが、

自分のルーツに出会うこと、なのだ。

無限の感謝を込めて。

2017年12月28日

難波のマブタナルド

ジャポ

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